ごあいさつ

消費税増税に伴い、家づくりを必要とする子育て世代の方にとって、さらに厳しい状況になりました。

無理をして家を建てたために、住宅ローンに追われ、日々辛い生活をしたり、そこで幸せな生活ができない、などと言うことは絶対にあってはならないことです。

今の時代、子育て世代の方には資金的にも厳しいことは十分理解しています。
だからこそ『無理のない予算で暖かく快適な家』を提供することができないものかと、真剣に考えるようになりました。

家づくりをするうえで最も大切なことは『家』そのものを提供するのではなく、家づくりを通して『幸せな生活を送るための空間を提供する』という思いがとても重要だと考えています。


潤沢に予算をかけた豪華で大きな家でも、そこで暮らす人が幸せでなければ何の意味もありません。
少ない予算で限られた小さな家であっても、そこで暮らす人が幸せであれば、その人にとってその家は『いい家』ということなのです。

 『無理なく支払っていける範囲』で、住む人の『苦痛や悩みを解消できる家』これこそが私の考える『安くていい家』だと思っています。

家を建てたことで、お父さんがますます仕事に精を出しどんどん輝いて行く。
また、お母さんはお気に入りのキッチンで美味しい料理を作り、家をきれいに飾ることで自分自身も綺麗になっていく。
そんな輝いている両親を見て育つ子供が不幸になるわけがありません。

そのような『家族が幸せになる家』を一人でも多くの方に提供できるよう、家づくりのプロとしての信念を持って、これからも家づくりに励んでいきたいと思っています。

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代表取締役署名

サンホーム 代表取締役 佐藤千丈プロフィール

サンホーム代表佐藤千丈

昭和35年12月 津軽の中心生まれ 
射手座 A型

【取得資格】

一級建築士

宅地建物取引士

公認ホームインスペクター(住宅診断士)

福祉住環境コーディネーター2級

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社長ブログ>>>

1985年
木造在来工法による住宅・神社仏閣の建築に現場監督として携わる
1990年
店舗設計、主にホテル・飲食店ビル等の意匠設計・施工・監理業務に従事、その経験を生かし、後に大手ハウスメーカーで住宅の設計・監理業務に従事する
2005年
一級建築士事務所『ユー・アイ一級建築士事務所』を開設
2006年
現在代表を務める『株式会社サンクリエイトホーム』を設立
同年、適正価格住宅事業部、事業名『サンホーム』とし、適正価格・高品質コミコミ価格で『安くていい家』を提供する
2010年
著書『家づくり魔法のレシピ』出版
2014年
土地から建物までトータルでご提案できるよう不動産部開設
現在は代表を務める株式会社サンクリエイトホームにて、高品質・適正価格の安くていい家、『家族が幸せになる家』を提供。
また、家づくりに失敗しないための情報を発信している。

■主な設計・監理物件
居酒屋銭形平次:食事処陣屋:飲食店テナントビル:ライオンビル:パルコビル:グリーンプラザ他

著書 「家づくり魔法のレシピ」

家づくり魔法のレシピ

建築業界に携わって30年超、その中で培ってきた経験と知識を、一級建築士の立場から、家づくりを考えるすべての方に分かりやすくお伝えする、佐藤千丈渾身の一冊

著者自身が母子家庭で育ち、古くて小さなとても寒い家で育ってきた経験から、「家族が仲良く暮らす暖かな住まい」への思いは人一倍強い。

家づくりは、ほとんどの人にとって一生に一度の高額な買い物となります。あなたが「理想の住まい」を手に入れるための「家づくりのバイブル」としてお役立て下さい。


書籍『家づくり魔法のレシピ』については書籍紹介ページをご覧ください。  書籍紹介はこちら>>>


書籍ご購入はこちらから>>>

受賞歴

設計コンペ提案と創造優秀作品賞

設計コンペ次世代の住まい佳作

モデル住宅コンクール優良賞受賞

今までに設計コンペや住宅コンクールなどで、数々の賞をいただくことができました。
これもお世話になった皆様のおかげと感謝しております。

代表取締役 佐藤千丈の生い立ち

■人生の始まりは津軽平野の小さな村でした
昭和35年、津軽の小さな村で、男だけ4人兄弟の長男として誕生しました。
両親は私が小学校4年生のとき離婚、その後は母の手ひとつで育てられました。


両親の離婚後は決して裕福な生活ではありませんでした。

なにしろ、男だけ4人の兄弟を母親一人で育てていくのですから、それは大変だったと思います。
しかも、地元では悪ガキ4兄弟で有名でしたので、母親の苦労は並大抵ではなかったはずです。

■木造平屋の古くて小さな家

当時住んでいた家と言えば、平屋造りの古い小さな家でした。
木製の窓で、割れたガラスにはテープが張り付けてあったのを覚えています。
当時の窓は気密性などなく、冬には窓の隙間から雪が入り込み、枕元に雪が積もっていたこともあったほどです。


自分の部屋などあろうはずもなく、2段ベッドが唯一自分の居場所でした。
しかし、そんな生活も当時は不満に感じたことはありませんでした。

幼いころからそのような生活をしていたので、それが当たり前だと思っていたのかもしれません。


友達の家に遊びに行った時のことです。父親が居間でテレビを見ながら寝転がっていました。
父親のいない私には、その光景がとても奇妙に見えたものです。

■下積みそして会社の倒産

社会へ出てから、ふとしたきっかけから建築業界へ就職することになりました。最初は監督の助手からです。

「監督助手」と言えば聞こえはいいですが、やる仕事と言えば大工の手元か現場の掃除です。大工の弟子よりも各下です。


当時は、職人たちから「1級掃除士」(一級そうじし)と呼ばれ馬鹿にされていました。
それは悔しかったのを覚えています。その悔しさをバネに二級建築士資格を取得したのがそのころでした。


その後、バブル崩壊の影響から、会社の倒産や業務縮小が重なり路頭に迷っていたところ、

運よく大手ハウスメーカーに就職することができました。しかし、そこでもつらい現実が待ち構えていました。

いくら経験豊富とは言っても新しい会社では新人です。


予想はしていましたが、やはり自分より年下の上司に使われることになりました。
自分よりも経験や知識が豊富であればまだいいのですが、そうでない人間に使われるのは結構キツイものです。

■早すぎた母の死
ちょうどその頃、母親が体調を崩し入院しました。
見舞いへ行った時、母に一級建築士資格試験に挑戦していることを話して聞かせました。


そこで、万が一にでも合格できたら温泉に連れて行ってあげる約束をしたのですが、

まぁ、内心は私が合格するとは思っていなかったと思います。
母から見た私は、子どもの頃の勉強のできない悪ガキのままなのですから・・・・・


そのわずか3カ月後のことです。母が癌で亡くなりました・・・・・五十八歳でした。

子供たちを育てるためだけに人生をささげた人でした・・・・・。


結局、なんの親孝行もできませんでした。

母に対する不憫さと申し訳なさで当時は心底悔みました・・・・・。


その翌年、なんと私は一級建築士資格試験に合格したのです。

あと1年、いや半年だけでも長生きしてくれていたら、母を喜ばせてあげられたのに・・・・・・・

人生とは時に厳しいものです。


当時の私にとって、家とは風雨をしのぐためだけのものでした。

生活していく上で最低限必要とされる道具でしかなかったのです。
今でいう快適性や利便性などとはかけ離れたものでした。


家づくりへの挑戦

世の中には私のような経験をした人はたくさんいると思います。頑張って子育てをしている人たちにこそ家が必要です。

小さな子どもや老人のいる家庭にこそ、快適で暖かな家が必要なのです。


現状は子育て世代の方にとって、家づくりは資金的にも厳しいことは十分理解しています。
でも、そのような人にでも家を建てられるように、少しでも負担の少ない低価格で高品質な家をつくっていくよう努力しています。

 「家族が幸せに暮らせる家」を一人でも多くの方に。


 それが私の信念なのです。

『工務店TV』に取材していただきました

私たちの家づくりに対する想い サンホームの『安くていい家』について代表取締役 佐藤千丈がサンホームのスタッフが自分たちの言葉で自分たちの想いを語りつくします。

ぜひ私たちの熱い想いをご覧ください。

【代表取締役 佐藤 千丈 家づくりインタビュー動画】
【サンホームスタッフ 家づくりインタビュー動画】